先日、パンを焼きました。

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最近のマイブームは、シリコンスチーマー。
朝御飯のおかず作りには、最高。
一人分の大きさの、シリコンスチーマーに、千切りで売っているキャベツ、ソーセージ、卵を入れてチーン。
キャベツの代わりに玉ねぎのスライス。
ソーセージの代わりにベーコン等々、アレンジしてチーン。
そうそう、トマトも美味しいよ。(^^)

最近は、パンを焼くのに夢中。
ボールも使わずにシリコン、スチーマーで作るので片付けも楽々。
後は、味だけかな?
もっと決め細やかに出来ないかなぁ~


父が他界して、一週間以上過ぎました。
誰でも一度は経験する事と覚悟を決めていたけど、実体験はかなり違いました。
父が他界するまでの、介護(介助)の事を日記に書こうと思い、妹に送った愚痴メールや本日のパパ情報(メール)を読み返しましたが、「これは、消えて行っていいものだ。」と思いやめることにしました。
ただ、ちょっとだけ書きたい事が…
東日本大震災は、足の悪い父には最悪でした。
津波の冠水で10日以上も家にとじ込まれ(水が引いても泥で歩けない。)やっと出れたら粉塵に悪臭。
出掛ければ、津波の悲惨な爪跡。
ライフラインが復旧するまで1ヶ月もかかり。
病院に行けば、被災者優先で定期診察は後回し。
(こっちも被災者なのに…)
体調のよくない父には、大きなストレスだったと思います。
私も、震災に体調がみるみる悪くなった父の介護(介助)で、平均睡眠時間は3時前後の日が続いたり、母が入院したり、両親の入院が重なったり、自分の体調がとんでもないことになっても病院にもなかなか行けなくて…
父が入院した時は、昼と夜と二回病院に行ってました。
食事の世話と話し相手に。
って言うか、二人ともさみしがり屋なんでf(^^;
父とは、空気みたいな親子関係でしたよ。
一日中一緒、後半は遊びに行くのも一緒(運転が疲れるから運転手)
決して、べたべたした親子ではなかったですよ。
毎日、喧嘩していましたからね。
言いたいことも、はっきりと言い合う。
変わった親子かな?
で、私は空気だが母をメャメャ愛していて、妹はメャメャ可愛い存在でした。
入院時も、私も母と妹も毎日通ったのに(私は二回)私が来るのは当たり前で、母と妹の姿を見たら喜んでいました。
父には、私は空気じゃなく、お手伝いさんか介護人扱いだったかも( ̄□ ̄;)!!
でも、意外と辛い事は早く忘れるもんですね。
メール読み返して、こんな事もあったっけ?とか…


父が他界して一番悲しかったのは、火葬。
父が焼かれるなんて、父の死は受け入れる事は出来たけど、焼きが受け入れられなくて火葬場に行きたくない、行かないと駄々をこねました。
母や妹、義弟に説得としかりを受け、義弟には「ウジに食われるよりいいでしょ?」と言われちゃいました。
必死の思いで火葬場に行って、従妹に「貴女もいつか、親が焼かれるのを経験するんだよ。嫌な思いだよ。」っていっちゃった。
ごめんねメグ、悪気もなんにもないよ。
きゆみお姉ちゃんの精神が怒れていたよ。m(__)m

お盆までは忙しいけど、暇になったらのんびりチクチクを始めようと思ってます。