東北関東大震災 No.1
東北関東大震災から、もう2週間経ちました。
本日、会社の説明会でした。
皆、全員無事。
生きていれば…ですよね。
ただし、再建まで失業だぁ(=_=;)はぁ~
東北関東大震災。
東北太平洋地震。
3月11日。
何時もの様に、ボーと携帯でゲームをしてました。
「あれ?地震?」と思って立ち上がり、揺れがおさまるのを待ちました。
「大きい地震だったぁ~」と思うか思わない内に、また揺れが!!
ガチャンガチャン、バタンバタン。
ギャッ\(>o<)/凄い揺れだぁ~
揺れが終わるか終わらない内に、また揺れが…
エッ?エッ?エッ?
何が起こったのか混乱していると、『10メートルの津波がきます。』と、放送で叫んでます。
まさか家には、海から離れてるしなぁ~
でも、父が避難すると言うので高台に避難。
高台に避難後、ブレーカーを下ろすのを忘れたので、私だけ一旦帰りました。
あれ?家の前に行けない。
道路に水が…
大通りにも、どんどん迫ってきてました。
膝までの水の中を家まで歩いて、水没しないように駐車場の一番高い所に車を置いて、ブレーカーを下ろして高台に戻りました。
すごく寒い日で、雪が降っていました。
避難後3時間、寒さのせいか父の体調が悪くなり、家に帰ることになりました。
水が溢れているので、遠回りして家へ戻りました。
ただし、家の目の前の道路は水があるため、後ろの家の庭を通してもらいました。
水が上がりそうなので、手当たり次第母の物を高い所に上げて、様子を見てました。
水はどんどん増えて、一睡もしないで監視をしてました。
幸い、床下でストップしました。
でも、水が引くまで大変でした。(水が引いても…)
災害があったら、3日我慢すれば良いと言うのは嘘ですね。
12日に、避難所に水を貰いに行った時から自宅避難者の苦労が始まりました。
「水を分けて欲しい」と言ったら「避難所にいる人にしか渡せない。」の繰返し。
避難所の人達も、自宅で避難してる人も被災者では?
物質が足りないのは解るけど、拒否されるのは納得がいかなかったです。
避難所にいる方だって、単に電気が来てない、ご飯の用意が出来ないと言うぐらいの理由でいました。
避難所に避難する人は、本当に避難をしなきゃならない理由の人が行く所じゃないのかな?と言う疑問も感じました。
文句を言われながらも、食べて行かなきゃならないので、炊き出しのゴルフボール位のおにぎりをもらったりしました。
幸い、冷凍庫に肉や野菜を冷凍していたので、停電で冷凍庫の物が溶けるまで、避難所にいる方よりおかずが一品多い日々が5日続きました。
ただし、避難所の食事が裕福になるにしたがって、我が家の食事は散々な物になりました。
それにまったく情報もなく、給水車は来るのか?どこに来るのか?ライフラインの復旧は?道路状況は?市では何も教えてくれませんでした。
母も町内会長に、情報の伝達を頼んでも、まったく動かず、ここでも自宅避難者の扱いは散々足るものでした。
給水も大変でした。
家の前が川だったから、遠回りして水を運び、めったに歩かないから足が棒に…
家の前の水が引いたのは、津波が来てから一週間後の18日でした。
水が引いてからは、給水も遠回りしなくても良いからちょっと楽だったかな(^^)
今回の東北関東大震災。
お役所の人、被災者への不平等な扱いにはムカつきを覚えたけど、これからの事を考えなきゃならないので、もうどうでもいいや…
11日地震発生。
15日母が動けなくなり、病院へ
生まれて初めてトリアージを体験。
母は黄色で、私は緑。
母の付き添いで行ったのに、怪我して歩きにくそうにしてたら、トリアージされた。
大した怪我じゃないのに(≧m≦)
18日津波の水がひく。
20日電気が復旧。
水に浸かった地区は最後って言う事で時間がかかった。
22日水道、復旧。
後ろの家は21日に水が出た。水に浸かった前は次の日かよ。
電気に水が正常になったのに、食べる物がない。
続く…